精神疾患闘病 鬱抜けステップ

抑うつを抜ける最初の方法は何もしないことだ【鬱抜けステップ1】

※これは医療的なアドバイスでなく、過去の自分へのメッセージであり 健康的、社会的責任は負いかねます。

タイトルで結論が出ているが、最初のステップは何もしないことだ。

私、頑張るマンは双極性障害やADHD特性を抱えながら社会復帰を目指し、そこから自分の夢へ向かうために今、病気と戦っている。

抑うつを受け入れて休職、あるいは退職や停滞を始めたとき、抑うつ感と向き合う時間がはじまる。

まず最初に、嫌と言うほど言われたであろうことを過去の自分へ伝えたい。

「今は何もせず休むことが大事だよ。今はそういう気分だけど、きっといい方向にいくよ」

今は到底、この言葉を受け入れる事はできないと思う。

この世界からいなくなってしまいたいという悲観的な気持ちが自分を支配しているときだと思う。

それを否定することは絶対にしない。

過去の僕がそう感じていたことは事実。そして僕自身がそれを一番理解している。

当時の僕がやってしまって後悔したことや、もっとこうするべきだったというメッセージをここでは伝えたいと思う。

自分だけで全てを解決しようとしない

下記の記事でも書いた通り、自分の抑うつ感を受け入れて戦うことはなにも恥ずかしいことではない。

入院をするという選択肢だってある。

頼れるセーフティネットは色々あるが、まずは役所の障害福祉課に駆け込んでみよう、ということも上記の記事では紹介させていただいた。

鬱で寝込んでいる今にとっては、とにかくハードルが高いことかもしれないが、役所の障害福祉課と何かしらの形でコンタクトを取ってみてほしい。

もし家族やパートナーと協力しての療養ならその人達にお願いしてみてもいいだろう。

私の場合は友人とのルームシェア中だったが、実家に戻った。正直実家での療養は私にとって重荷であり、それについては追々別の記事で詳しく書こうと思う。実家療養での辛さについて振り返ったとき、アダルトチルドレンということについても深く実感することになった。

人や福祉に全力で頼ることは鬱抜けに重要なことだと、過去の自分に伝えてあげたい。

結果的にそれが周りのためになるし、理解されやすくなる。(闘病7年の現在、私の母親は未だに僕の障害特性を調べたことがないが、そこは母親の問題なので今となってはとやかくいうつもりはないが...)

抑うつで何もできないことを受け入れる

病気で何もできないことは何も恥ずかしいことではないし、情けないことなどではない。

今、病気を受け入れて寝込んでいる状況は、何と言ったらいいのか難しいけれど、とにかく強い。

病気を受け入れることにとてつもない勇気と覚悟が必要なことは未来の私自身がよく知っている。

今は抑うつが辛くて寝込むしかないということを受け入れたのならば、鬱抜けのステップを着実に一歩踏み始めた勇気ある行動に違いない。

もちろん、こんなことを言われても受け入れることは到底難しいのが当たり前の反応。

周りはポジティブなことを君にたくさん向けてくるだろうが、それを無理に受け取ってしまう必要はない。

とにかく自分が今、とてつもなく悲観的であるという事実は受け入れていいし、ポジティブな言葉が自分にとって苦痛であることも受け入れていい。

自分に湧いた感情を否定しなくていいんだ。

抑うつで何もできないという事実を受け入れることが、正しい最初の一歩であり、それはすでに再起動に向けた前進であったことは未来の僕から胸を張って言えることだ。

抑うつを抜けるための最初のステップは「何もしない」こと

何もしないでいると、何とかしたくなってくる。その「何とかしたくなってくる」が最悪の方向に向かうのであれば、過去の自分へは入院をおすすめしたい。

できればスマホも使わずにいるべきだけれど、それをいきなり無理に制限する必要もないと思う。「無理に制限する」ということもしない、これも含めて「何もしない」

医療従事者ではないため、声を大きくして言うことはできないが、抑うつを抜けるために「何もしない」というのは森田療法とよばれる方法で確かに実践されていることだ。

まずは何もしないことから始めよう。

何もしなくていいんだ。

通院と、障害福祉課へのアクセスなどをしてあとは何もしない。

症状が重ければ、それすらも難しいことはよく分かる...。

主治医と相談して決めてみてほしいのだけど、入院するという選択肢を取る人もたくさんいる。

私も本当は入院を勧められていたのだが、自暴自棄になり部屋に引きこもって寝たきりになっていた。

少しだけ元気が出る日があれば、「現状をなんとかしないと、仕事に戻ったときになにかできるようにしないと」と思いながら資格勉強を試みたりしていた。

その時の僕に言うのなら、「現状をなんとかしたいのならば、何もしないことが最善の努力だ」ということ。

抑うつの中での勉強と、それを抜けたあとの勉強では誇張抜きで10倍は効率が違う。いや、10倍とも言えないくらい違う。本当に頭に入ってこない。

「何もしない」というのは本当に何もしないで抑うつの中で気が向くままに過ごすということ。

SNSを見たければ「無理に制限する」ということをしなくてもいい。お腹が空いたら食べることを「無理に制限する」ことをしなくてもいい。ただ、自分が無理をしている感覚になっていることは「しない」方が良くて、例えば資格勉強や仕事のメールを見たり、仕事のことを考えたりといったことは「しない」方がいい。

過去の自分は真面目過ぎたので、鬱の間はただ怠惰に過ごすべきだ。(言い方は悪いけど、本当にそう思う)

何もしないでいるうちにほんの少しずつ、少しずつ気分の波が発生するようになってきたのを覚えている。

「今日はベランダに出てみようか」「今日は料理でもしてみようか」「今日はやっぱり抑うつだから寝込んでいよう」「なんだかSNSを見てると疲れるから1日見ないようにして寝ていよう」

段々と気分の波が発生してきた。

もっとひどいことになって即入院させられそうになったけれど全力の抵抗でそれを避けたこともあった。(今思えばここで入院できていたのならもっと鬱抜けは早かったのかもしれないが、今となっては謎)

仕事、という言葉をあんまり使いたくないのだけど、抑うつがあるときの仕事はマジで「何もしない」こと。

鬱抜けステップ1で伝えたいこと

抑うつを感じることは事実だ。

君は今、抑うつで絶望を感じていることは事実。

周りからの励ましが心に、心臓に魂に全く響かないことも事実。

励ましや応援を無理に「受け入れる」ことをしなくてもいい。

何もしないことが、ステップ1として正しい。

この言葉自体、何も響かないかもしれない。

それでも繰り返し伝えたい。

抑うつを超えるために、何もしないことは正しい一歩目だということだ。

今、君は深い谷底にいる感覚になっているかもしれないが、最初は天井を見上げて何もしないでいよう。

その天井の向こうに空が広がっていることも事実だが、それを無理に考える必要もない。

ただ、7年後の今(2026/04/06)の僕が、谷底から空を見上げてこうして登ろうとしていることもまた事実。

抑うつで動けない今はただ、「何もしない」ことを徹底してほしいということを伝えたい。

だが、無理に”「何もしない」をする”必要もない。書いていて私自身矛盾を感じるが、それも含めて「何もしない」ことが第一歩。ステップ1。

「大丈夫」だという言葉を無理やり受け入れることもしなくてもいい。

今はまず、休んでみよう。

気分はだんだんと変化するということが1ミリでも伝わってくれるとうれしい。でもそれを無理に受け入れる必要はない。

少しずつステップを踏んで鬱抜けを目指していこう。

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