鬱抜けステップ

休職したり退職したり休めた自分を褒める【鬱抜けステップ3】

これは過去の自分へ向けたアドバイスであり、医療的アドバイスではありません。医療的、法的責任は負いかねます。

頑張るマンです。

過去の僕(君)へ。

前回は確か、抑うつが消えただけなら休むのをやめてはいけないという話をしたね。

そうしてるうちに、焦りを感じてきているかもしれない。

「社会が会社頑張っているのに休んでて良いのだろうか。今日も近所の学校でチャイムが鳴っている。学校帰りの街のアナウンスが聞こえてくる。同居人が帰宅してくる」

今思い出しても焦る。

でも、ここでステップ3へと歩みを進めよう。

鬱抜けステップ3 休めた自分を褒める

勇気ある行動だ。

断言できる。

休むというのは勇気ある行動だ。

近所の学校のチャイムが聞こえただけで精神的ダメージを受けるというのは圧倒的局面。

その状況であり続けることには大きな勇気が伴っている。

それに休めた君は、見積もり能力がめっちゃ高い。

思いやりもすごい。

ぶり返してしまうかもしれないという見積もりと思いやりを持つ類稀なる優秀な人材なのだ(自画自賛)。

過去の僕、君へ伝えてもまるで信じてもらえないのかもしれないけれど、今の僕は相変わらず仕事はなくても生き生きしているよ。

福祉のおかげでなんとか生活はできているし、こうして文字を打てるまで回復した。

Xで勇気をくれるコミュニティにも出会えたし、今の僕は自分軸を手に入れているよ。

君は優しい。

あまりにも優しすぎて、人の顔を伺ってばかりいたね。

その中で、周りが気になりすぎる中で休む選択をした勇気を褒めたい。

別記事で伝えた通り、鬱と闘う君を支える制度はいっぱいある。

冷酷な意味ではなく良い意味で「周りはそんなに君に興味がない」

冷たい言葉に聞こえる言い方かもしれないけど、周りはそんなに君に興味がないんだ。

良い意味でそうなんだよ。

君を笑う人がいるのなら、そこに居ないで休んでるのは大正解。

周りの目が気になる中で休む勇気はすごいし、実際に君を笑う人が周りにいるのなら休んでるのは大正解。

心理学で言うとスポットライト効果とかいうのがあるんだったかな。

人はみんな、自分はみんなに見られていると思いがち。

でも実際はそうでもないってのがスポットライト効果。

良い意味で受け取ってほしいけどまじで、周りはそんなに君に興味がない。

流石に0人ではなくて、2種類の関心がある

でも気にしてくれる人は流石に0ではなくて、2種類の関心を持つ人がいる。

1種類は君を本気で心配してくれる人。

大多数は、君を心配してくれている。

世界平和はなかなか達成されないけど、君が思っている以上に人は優しい。

人それぞれに人生があって、色々な人に出会って、君以外の知り合いにも君のように頑張りすぎてしまった人がいたり。

何より、誰かが再起動する物語を支えるのはワクワクするからね。

だから僕はこうして過去の僕へ向けて言葉を届けている。

で、もう一種類はもしかしたら君を悪く言う人がいるかもしれないのは、「絶対にない」とは言い難いけど、

君はそういう類の人に完全勝利しているということ。

だって、君は休んでるだけなのに、その人は仕事もしながらプライベートもありながら、その場に居もしない君を下げることに時間を使ってるからね。

消費リソース的に完全勝利なんだよ。

休むのだってリソースは使うけど、完全勝利。

しかも、誰かを笑ったり下げるのって、必ずと行っていいほど静かに、しかし確実にその人を追い詰めていくからね。

未来の君、僕の経験上本当にそうなんだよね。

一人の人を公の場で下げる行為は、多くの人から自分自身の信頼を失う行為なのだよ。

休んでる自分を肯定する

休んでることが迷惑になってるかどうか、で言えば負担をかけてしまうことは事実であると思う。

でも、それをどういう気持でカバーしているかは現場の人それぞれの境界線。

ひどいことを考える人は、ひどいことを考える人自身が背負う問題。

そんな人のことを君が想像するリソースはもったいない。

休めて偉い。

思ってる以上に、休んだ先での再起動の選択肢は多い。

-鬱抜けステップ