頑張るマンです。
君は自己啓発本、好き?
僕的には、どうなんだろう。
最初はすきだった。
途中から無駄に思えた。
今はまぁまぁ好き。
こんな感じ。
精神的な闘病生活や自分が持つ変えようのない特性と向き合い、SNSで様々な人と交流して刺激をもらう中で、自分軸というものがわかりはじめた。
最近気づいたこと、それは「発本の良さと楽しさの感じ方はセルフイメージ確立の指標となる」という考え方。
自己啓発本の良さと楽しさ:レベル1 最高に楽しい
僕は精神的限界で寝込んでいるとき、マジで寝込んでた。
1日中天井を見ていたし、そのくせお腹はすく。
だんだんと動画を見れるようになって、SNSに依存できるレベルにはスマホを持てるようになって。
ゴミをゴミ箱までもっていけるようになって、小さな家事ができるようになって。
そうやって少しずつ変化してきた。
フェーズを進んでいく中で、自己啓発本を読むときが来た。
はっきり覚えてる。
「いつも機嫌がいい人の小さな習慣」という本が、僕が初めて救われた自己啓発本だった。
88個の小さな習慣が書かれている。
その中でも僕はまず、ベッドメイクをして立ち上がることからはじめた。
ベッドメイクは僕を大きく動かすきっかけになったんだ。
そこからその本に書かれている88項目を1個ずつ実践していくうちに自己啓発本が最高に楽しいと思えてきた。
色々な本を読んだ。
買ったり図書館にいったり。
図書館はこれまではらった住民税を回収しきりるレベルで読んだかもしれない。
図書館使いまくろうぜ。
話がそれたけど、自己啓発本を始めて読んだとときって最高に楽しい。
からっぽの価値観を自分にインストールしていくのは楽しい。
これは、セルフイメージを確立するまでの一番最初のレベル1だったなぁと思う。
自己啓発本の良さと楽しさ:レベル2 無駄に思える、飽きる
自己啓発本を通したセルフイメージレベル2。
自己啓発本に飽きる。
だんだんと気づいてくるんだ。
「全部の本言ってることいっしょじゃね?」
そう、なんだかんだ一緒。
「僕の価値観てどこにあるんだっけ?」
色々な人のノウハウを集めたキメラになった自分に気がつく瞬間が来る。
自分の価値観が見えなくなってきた。
禅的な考えに浸ってみたり、アドラー心理学をあらためて整理してみたり、ユング心理学を1から学び直してみたり。
すればするほど、ノウハウのキメラになる自分を感じて、自己啓発本と己への無力感に気付いて来るのがレベル2。
自己啓発本の良さと楽しさ:レベル3 自分の価値観と比較したり必要な刺激を掻い摘んで吸収できる
自分の夢や目標、それに必要な過程が見えてきたとき。
自分軸が確立して人との境界線がわかってきたとき。
少年みたいな、少年漫画の主人公みたいなあっさり感が最高に楽しいと思ったとき。
僕のどうしようもないコンプレックスは僕の個性で、それをどう思うかは相手の問題。
僕は僕でただ進むだけ。
僕の場合は、自分軸に気づいた感覚というのは上記のような感覚だった。
この感覚になったのはごく最近でこの記事を書いている今(2026/04/20)のだいたい3ヶ月前くらいからだと思う。
随分と長い遠回りだったけれど、自分軸を確立できてきた。
改めて、先日SNSデトックスをしていたので過去に読んだ自己啓発本をいくつか読んでみた。
自分軸をもって自己啓発本を読むのは神ゲーである
この感覚は最初に感じた「インストール」感とは異なる。
例えば、エンジニアで言えばAIの書いたソースコードを読んで脆弱性や処理の違いを探す時のような面白さがある。
口を開けて価値観を流し込むのではなく、対等なレベルで同じ俯瞰の高さで対談をするような感覚に変わる。
そうすると、何が良いのか?
自分に今足りない価値観が見えるし、具体的に取り入れたい日常生活の工夫が見えてきたりする。
考える余裕があることで、これまで学んできたあらゆること、そのエッセンスを持つシナプス同士がつながる快感を得ることがある。
点と点がつながりだす。
禅的な考え方や、哲学者の考え方など、そして自分なりの哲学や価値観。
そこの違いや関連性が網目のようにつながっていく。
なぜ、自分があの時あの自己啓発本に救われたのかもわかってくる。
気づいたら習慣化していたことが、「本当に自分がやりたくてやっているのか?」なども見えてくる。
RPGのゲームで地図が一気に広がりだす快感。
そしてきっと、レベル4,5,6...とまだまだ段階は存在する
僕は今レベル3だと思っている。
ようやくマサラタウン上の1番道路にいるポッポの攻撃を耐えられるくらいの強さだ。
その先はまだ、まだまだ長く道のりがある。
本を書いてみたり、言葉で人へ届けたり、人を少し変えたり、社会を変えたり、世界を変えたり。
道のりは無限でワクワクするよな。
自己啓発本の良さや楽しさを味わう感覚は2種類以上ある。
今の僕に言えるには少なくとも2種類以上の楽しみ方があるということ。
レベルがあがれば、きっと無数にある。
自己啓発本の良さ、楽しさ:空っぽの自分を救ってくれる
何をしたらいいか何もわからないとき。
自分にあった自己啓発本に出会うことは大きな救いになることもあると、僕は僕自身で実感しているので胸を張って言える。
誰が否定したってこの意見は曲げない。
読書なんて完治するまで読むな、という法律ができても僕は留置所に送られるとしても読むべきだとうったえつづける。
空っぽなとき、小さな習慣が想像以上の救いになることがある。
自己啓発本の良さ、楽しさ:対等な意見交換のような楽しさ
これは、自分軸を得た段階。
自分軸を得て、自分の目標や夢、曲げない哲学ができたときに改めて読んだ時の楽しさ。
自己啓発本に書かれているペラい紙のインクに上書きされる価値観なら、それはまだレベル1の段階だと思う。
自分軸を得たとき、いろいろな人が持つ哲学と対等に語り合うことができる。
「自分が必要だと思うから」取り入れることができるようになる。
一冊から何も得なくてもいいし、1個だけ得るでもいい。
自己啓発本と対等に渡り合える様になったとき、改めて読書は神ゲー化する。
その先へ
その到達点は何レベルかわからないけど、僕は社会を変えようと思ってる。