反省日記

心を治療する過程で発生する孤独について

頑張るマンです。

今まさに、実体験として脱力感や孤独を感じています。

僕は数ヶ月、自分と向き合うために、自己理解や俯瞰、内省と改善を常に繰り返してきた。

価値観は日々変わっていって、考えることも増えていった。

以前の自分よりも満足いく価値観に近づいてきた。

けれど、同時に、今までに人間関係を心から楽しめなくなってしまった。

価値観のアップデート速度が異なってしまった。

理解者し合える関係を多く失う孤独。

物事へ感じる深度が異なってしまった孤独。

空虚なすれ違い。

誰とも会話が通じないかもしれない恐怖。

人との違いを受け入れきれない自分への無力感。

過去の自分は居なくなってしまったのに、周りは気づいてくれない寂しさ。

関係から距離を置かなくてはいけない寂しさ。

とにかく孤独や脱力という感覚だ。

過去に関係のあったコミュニティに久しぶりに顔を出してみれば、そこの時が止まっていた。

自分自身が自分に対して嫌悪した価値観が、そこではまだ当たり前だった。

賢い人間なら、違う価値観を受け入れることができるのかもしれないが、僕には心の痛みが伴いすぎて難しい。

「まだそこにいるの?」この感覚に襲われてしまった。

過去の僕はもうこの世から消えていて、嫌悪した過去の僕の価値観も消えてしまった。

どちらがレベルが高いとか低いとかはわからない…。

ただ、違ってしまったことに対する空虚な気持ちに寂しさを感じる。

心の成長痛なのだと思う。

価値観を育てていけば、今までの関係とは価値観がズレていって孤独になってしまうのかもしれない。

自分の内面を磨けば磨くほど孤独になっていく。

何もわからなかった過去の自分と、色々なことがわかってきた気がする自分、どっちが幸せだったのだろう?

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